その126 自分の不安な気持ちを周囲に伝播させるな!

事があったので某パソコンのチェーン店に行って来ました。

その店では、半ば強制的に入り口でプッシュ式の容器からアルコール液を手のひらに含まされました。

例の新型インフルエンザ対策でしょう。

確かにPCショップなので、皆が展示品をベタベタと触るでしょうが、ここまでやる必要があるのかなという感じです。

前にも述べましたが、こんなにも神経質になっているのは、世界の中で日本だけではないでしょうか?

企業の危機管理対策としては、マニュアルどおりに対処しているので、文句のつけようがないのかもしれませんが、少し度が過ぎているような気がします。

穿った見方ですが、企業がこの危機を利用して、「わが社はこんなにも安全を重視している」という、一見すると正しい理念を広く社会にアピールしているような気がしてなりません。

絶対的に無駄なこととは言いませんが、社会不安を利用した自己の正当化と思えてしまい、かえって小賢しい印象を持ってしまいます。


一面的な報道なのかもしれませんが、海外から帰国した人がニュースのインタビューで、「こんなに騒いでいるのは日本人だけだ」と答えていました。

そうです。少し冷静になりましょう。

ある地域で1人の感染が確認されたからといって、われわれが街をあるいてインフルエンザになる確率はいかほどでしょう?

自己防衛のために、マスクをするのもよいし、手洗い、うがいをすることは良いことだと思います。

ただ、人々に不安を煽るようなことは避けていただきたいです。

人間は不安な心理状態では、通常より保守的な気持ちに偏るため、ある意味適正な判断ができなくなるものです。

それも、自分はそんなことはないと思っていても、周囲が不安な気持ちを持っていたら、それは必ず伝播するものです。

もし、世界を相手にする企業の社員が、交渉相手との握手の前にアルコール消毒を求めたらどうなるでしょう?

相手は失礼だと感じ、恐らく商談は破談するのではないでしょうか?

防護服に身を包んだ検査官が、空港や港という水際でインフルエンザを防いでくれていることには感謝をしますが、我々が日常生活において防護服を着用することはできないのです。

我々ができることは、自己でできることを着実に行い、あとは普段どおりの行動をとって経済活動を停滞させないことです。


車の渋滞は、たった1台のブレーキングがきっかけになることがあるそうです。

今は、日本中がブレーキを踏んでいるように思えます。

こういうときは、ひとつの事実から確率論的に分析をすると、安心できるかもしれません。

報道一辺倒ではなく、自分なりの切り口で、物事の本質を考えてみましょう。

自分にブレーキをかける責任は、最終的には自分にしかないのです。


本日のパパからのメッセージは、

「自分の不安な気持ちを周囲に伝播させるな!」

です。


「オーラが出ている」などというと、スピリチュアルによっぽど興味がない人以外の人からは、かなり白い目で見られます。

でも、不安というオーラは、その人の表情、声、所作などから確かに伝播するものと確信します。
(パパは、「不安」以外、例えば「愛」のオーラが伝播するとは思っていません。)

なので、これを支配(コントロール)しないと、周囲を不安に貶め、自らが意図せずとも、逆に自らが不安に貶めた周囲の人から外堀を埋められ、不安が現実のものとなってしまうような気がします。

不安という感情はできるだけ内に閉じ込め、明るく振舞っていきましょう。