その158 五感から過去の記憶を感じよう!
昼間はずいぶんと気温があがり、初夏を思わせる陽気でしたが、夕方になるにつれて、乾いた心地のよい風が流れてきて、とても気持ちがよかったです。
夕方、電車で都心方面へ向かい、ある場所で、両親+弟夫妻とディナーをしました。
そのお店は、駅から7〜8分程度、離れた場所にあるのですが、駅から離れるにつれ、商業施設が少なくなっていき、だんだん寂しくなってきたところに、突如としてリゾート的な建物が現れるといった少しドラマチックな立地になっています。
有名なお店であり、大通りからは見える位置なので、隠れ家ということはありませんが、誰が見ても洒落た感じであると思うような作りでした。。
そして、そのお店のパパは外観を大通りから見たこともなく、全くの初めてだったのですが、なんというか心にひっかかるのようなものを感じました。
今日の気候が、たまたま爽やかであったこともありますが、どうせ商業施設の中にあるのだろうという前提があっただけに、商業施設がなくなっただけで、非日常的な景色であるというところで、まずは何か錯覚を覚えました。
でも、どんな駅だって、駅前から離れるにしたがって商業施設がなくなるのは当たり前で、住宅街にぽつんと住宅があるのは珍しいわけではありません。
では、なぜ今日の店は、パパの心に響いたのでしょう。
デジャブです。
上手く言えませんが、今日の駅からレストランまでの道筋の気候や光の具合、すれ違う人の音が、昔行ったニュージーランドのクライストチャーチのレストランに行った時の質感に似ていたのです。
質感という曖昧な言葉ですが、どこか脳の奥から引っ張り出された感じです。
日本とニュージーランドなので、正確には、似ても似つかないでしょう。
しかし、なぜか、この2つのものを同じ質感であると感じたのです。
歩いた時間、すれ違った人の数、肌で感じる気温や湿度、耳から入る車の音、道筋に植えられた木々の葉の色。
これらのすべてではないのですが、総合的に似通っていたのかもしれません。
いずれにしろ、このような不思議に心地のよい状態で食した料理は美味しく感じられました。
少しザワついている感があり、クライストチャーチのあのレストランの雰囲気ではありませんでしたが、それでも、クライストチャーチにあってもおかしくない雰囲気を醸し出していました。
単なる思い込みなのか、何かの予兆なのかわかりませんが、記憶の底に張り付いていたことを思い出す、不思議な体験をしました。
この記憶が何に役立つわけではありませんが、当時の気分の良さまでも、一緒に運んできてくれたのは事実です。
たまには、いつもと違う場所での外食もよいものです。
本日のパパからのメッセージは、
「五感から過去の記憶を感じよう!」
です。
なかなか、できるものではないと思いますが、何かを感じたら、それを大切に自分の記憶にアクセスして、いろいろなことを思い出してみてください。
現状を打破できる何かがあるかもしれません。