その337 我慢している感情を爆発させないように意識してガス抜きをしよう!

忘年会シーズン突入の感がある。

全てに出席をする必用はないとわかっていても、なかなか断りづらいところである。

特に、職場で毎日顔を合わせているようなメンバーとは、単にカレンダー上での区切りにおいて、酒宴を設ける必用を感じない。

プロジェクトは進行中であり、年末から正月にかけては、休みの日が続くというくらいの認識しかなく、形式的な儀式をする必要性を感じない。

新しい人が加わったこともあるであろうが、今年はグループ総勢の酒宴が意外と多い。

仲が悪いわけではないが、皆が積極的に楽しむという姿勢ではなく、常識に囚われた行動から抜け出せないだけのような気がする。


職場における宴会とは、何かの区切りに、互いの労をねぎらったりするものではないか。

今流行の「無駄を省く」ではないが、慣例なるものに騙されてはいけないと思う。

プロジェクトが終わったときの達成感に続く宴会であればウェルカムであるが、季節という理由だけで行われる宴会は本音では行きたくはない。

ただ、組織に属する身であり、場を乱して他人に不快な思いをさせてくはない。

また、考えてみれば、社会人1年目のメンバなども居り、サラリーマン的な締めくくりとしての忘年会がないと、彼に経験をさせる(そのうえで、形式的儀式が必要かどうか思案できるようになって欲しいとも思うが・・)意味でも、必用なことかもしれない。


自分が形式的と思えるものであっても、他人にとっては意味がある可能性はある。

多様な価値観が存在しないような社会は危険極まりなく、一歩間違えると、加速度的に崩壊する可能性をはらんでいる。

そのことが何となくわかっているからこそ、人はみな、思いどおりにいかずとも、我慢を強いているのであろう。

ただ、大切なことは、自分の思いどおりにいかないことを「我慢」と感じてはいけない。

自分自身で「我慢」していると意識してしまうと、それが限界に達したときに、爆発してしまう。

自分の思うようにいかないことのほうが多いということを念頭におき、思いどおりにならないことに対して、いちいちストレスを感じないことだ。

10回に1回でも自分の思いどおりになったことに対して、喜びを感じたほうが楽しい。


では、具体的にどのような方法を取れば、「我慢」を意識せずに済むのか?

まずは、先にも書いたが、「人生において思いどおりにいかないことのほうが多い」ということを認識することである。

もちろん、思いどおりになるように努力をすべきであるし、その努力により報われることも数多くあるであろう。

しかし、それでもなお、思いが叶わないことはあるのである。

そのとき、結果のギャップにばかり着目するのではなく、そこに至った過程において感じ、学んだことに着目をして、自分にとってプラスになったことを探してみよう。

そうすることにより、結果という点にしか向かっていなかった視点が、過程という線に向けられ、マイナスの感情を和らげてくれるはずだ。


そして、もうひとつは、無理に「我慢」をためないこと。

必要以上に感情を抑える必要はない。

クールな振る舞いは格好よいが、いくら外面的にクールであっても、内面的にストレスを溜め込んでいては意味がない。

時には瞬間的に感情を爆発をさせてしまってもよいと思う。

その代わりに、後々まで負の感情を引きづらないこと。

感情を爆発させたとき、その反動として、どこかのタイミングで必ず反省する感情が湧いてくる。

反省もまた、元々の「我慢」に対してのマイナスの感情を和らげる。


今の世の中、「我慢」をしないで生活を営むことなどできない。

だからこそ、「我慢」との付合い方には十分に留意をする必用がある。

ストレスになりうる要因に対して、正面から向き合いことを避ける方法と、正面から向き合って小爆発をさせる方法。

自らの中にマグマを溜め込み、大爆発をさせないようにすることが肝要だ。


本日のパパからのメッセージは、

「我慢している感情を爆発させないように意識してガス抜きをしよう!」

です。


そして、パパの「今日のよかった!」は、

「資料説明がうまくいった!」

です。

Why?

→ 切欠がうまくいけば、人が動きだすから。