その355 過去に引きずられることなく、その時点で最良の方向へ一歩踏み出そう!

民主党の政策が迷走している。

http://www.asahi.com/politics/update/1221/TKY200912210357.html

いかにマニフェストと言えども、誤っていると思ったら柔軟に方針転換をすることは、悪いことでないと思う。

選挙の公約違反と批判をされるのを覚悟で、政策を見直すのは、ある意味勇気がある決断で称賛に値する。

世の中、一度言ったことに対して方針転換ができずに、より悪い方向へ向かって行ってしまうことがままある。

過去に引きずられることなく、その時、その時で最良の方向へ向かうべきだ。

その意味では、今回の暫定税率の維持は、一般的には批判を浴びるであろうが、個人的には評価する。

前回の衆議院選挙における民主党マニフェストは、はじめから大風呂敷であると皆うすうす感づいていたわけで、それを現実的なところに押し戻すのは、よいことである。

もちろん、この代償は大きい。

鳩山首相のリーダーシップのなさも目立ち始めてきており、世論調査にもあるように、急速に支持が離れていくであろう。

ただし、野党自民党も批判するだけで何ら新鮮味がなく、次回参議院選では、みんなの党などを中心とした新たな勢力が、新しもの好きの国民の支持をそこそこ集めそうな気がする。

個人的には、民主党衆議院に続き、参議院でも過半数を確保してしまうと、沖縄の基地問題など抑制がきかなくなり、それこそ独裁政治になってしまう懸念があり心配だ。


ただ、これから気をつけるべきは、今回のような個別事案に振り回されないことである。

将来にわたっての財源確保、人口減少への歯止めの対策など、木ではなく森を見なければならない。

そういう意味では、個別事案として処理してしまいそうな、所得制限なしでの子ども手当についてはいかがなものかと思う。

年収のどこを境にするかは、問題であるが、一律の額としなければ、いくらでも策はあったはずである。

だいたい、子ども手当を支給したところで、子供が増えるというような単純な話ではないと思う。

なぜ、子供が増えないのか?

それは、現在の家族の在り方にあるのだと思う。

親子の関係をすばらしいものにできれば、自分もそうなりたいと望むはずだ。

その意識付けが不足しているように思える。

巷には、子供のころから個人で愉しめるモノが溢れている。

なので、親自身が個人の愉しみに走ってしまい、それを見て育った子らもまた、個人の欲望を満たすことに走る。

経済的に苦しいから子供を作らないという理屈は言い訳にすぎず、子供を育てて自分の時間を取られるのが嫌な人が多いのではないかと思う。

もちろん相対的な話であって、望んでも子供ができない夫婦もたくさんおり、一元的に決めつけてしまうわけにはいかないが、なんというか、子供のころから親子のスキンシップをはかるような環境整備、教育を行わなければならないと思う。

お金をばらまいたところで、それがあるから、もう一人というわけにはいかないであろう。

その金を使って保育園に入りたくても、皆が同じ条件で手当てを支給されていれば、待機児童の数は減るよしもない。

この政策こそ、選挙用のものであり、富裕層を含めて一律支給することにメリットを見出せない。

親の収入によって子供を差別するようで支給に所得制限を設けるのはいかがなものかという意見が世間では大勢を占めていたようであるが、いかがなものか?

国の財政が黒字であれば、それもよいであろう。

しかし、現実には借金をして子ども手当を支給しているのである。

つまり、その借金を返すのは子供たちなのだ。

誰が好き好んで、生活に余裕がある人のために借金をするのであろう?

自分で生活を切りつめられる人は、自力で生きるべきだ。

その代わり、自分が困ったときに助けてくれるようなことを望むべきだ。

弱者救済だけでは選挙に勝てないのかもしれない。

高額納税者所得税をアップさせなかったり、消費税を導入しなかったりするのも、選挙のためであることは明白だ。

本当に日本の未来のことを考えるのであれば、余裕があるうちに、余裕があるところから、税を徴収すべきである。

政党なんてみな偽善者である。

ただ、どこかでその仮面を外し、視線を少し遠くに向けないと、とんでもないことになってしまう。

苦しいふりをしている人に騙されぬよう、将来を見据えた政策論議をしてもらいたいものだ。


本日のパパからのメッセージは、

「過去に引きずられることなく、その時点で最良の方向へ一歩踏み出そう!」

です。


そして、パパの「今日のよかった!」は、

「医者で三角巾を外してよいと言われた!」

です。

Why?

→ 自由の感覚を味わえたから